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2008年08月03日

思人山河遠  ・・・維聲尼宛書簡詩碑






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思人山河遠  ・・・維聲尼宛書簡詩碑

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維聲尼宛書簡詩碑   新潟・梅津昇氏提供 正月十六日夜


春夜二三更   春夜(しゅんや)二三更(こう)
等間出柴門   等間(とうかん)に柴門(さいもん)より出(い)ず
微雪覆松杉   微雪松杉(しょうさん)を覆(おお)い
孤月上層巒   孤月層巒(そうらん)に上(のぼ)る
思人山河遠   人を思えば山河(さんが)遠し
含思萬端翰   翰(ふで)を含(ふく)んで思い萬端(ばんたん)


与板大阪屋
維聲老尼 良寛


 維聲尼は、大坂屋三輪長高の娘きしです。山田杢左エ門重富に嫁ぎましたが、夫の死んで、有髪のまま徳充院と称しました。その後、徳昌寺二十六世古範の弟子となり、稚髪して、維聲尼を称し、徳昌寺の古範和尚が購入した大蔵経の浄財を求めるために、江戸に赴いて、維聲尼は大蔵経招来に尽力しました。
 
 月を見て、維聲尼さんの苦労を労い、その心情を賞賛し、慕いもして、詠んだ詩です。







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Posted by 青柳仁 at 15:59│Comments(0)良寛詩
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